2000年5月
岡倉天心が送った『猫への手紙』 |
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天心・岡倉覚三がかわいがっていたペルシャ猫「孤雲」にあてて書いた英文の手紙。 天心は米国から日本へ帰る時、「孤雲」をある画家に進呈してきたといいます。 この猫はガードナー夫人から譲られた猫だったので、天心は夫人に読ませることを前提にしてこの手紙を書いたようです。 大岡信氏のうつくしい訳文で、愛猫コーちゃんに呼びかけている天心の手紙を、ここに紹介させていただきます。 大岡信著 『岡倉天心』 朝日新聞社 1985年初版 |
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1911年 東京 親愛なるコーちゃんへ ながらくごぶさたしたね。--かわりないかい。 大洋を渡る白鳥が君の在所の知らせを運んできたので、私も運命が君にやさしくして くれたことを知って嬉しいよ。君が去った時、私はとても淋しかったよ--君の夜毎の 散歩が懐かしくて私の胸は痛んだし、君のうろつく姿がなくなってテーブルはにわか に広々としてしまったしね。 たった今も私は君の写真を前にして書いているよ。 君は世界中の猫を殺してしまった。だって君はただ一ぴきの 唯一の私のいとしい 猫だからさ。 最初のねずみはもう捕まえたかい。おいしかったかな。きっと、栗鼠を楽しく追い まわしているんだろうね。到達不可能なものを追求することには偉大な楽しみがあ るものだね。君も私も、驚きこそが至福の秘密であり、理性と共にうるわしきもの の死もやって来ることを知っているものね。 陰険な雌猫どもとは親密にならん方がいいと思うよ。−−君を理解するふりして、 実はその眼にお似合いの爪を持ってるだけの、腹黒い連中だからね。雌猫どもと友 情を結ぶのも慎重にやりたまえ--たとえ最上の手合いとでもね。連中は苦痛を通じ て知り得たことしか君には教えちゃくれないよ。君は一切を喜びの門を通じて学ば なければいけない。 勇ましくあれ。勇気こそが命の鍵だからね。決して卑下するな。君の誇り高き血統 を、そして私の所へ連れてこられる前に、どなたの保護のもとにあったかを、考え たまえ。 コーちゃんや、淋しいかい。孤独は君や私よりずっと立派な人々に課せられた運命 なんだよ。 元気でね。 君の友なる覚三 君にマタタビを少々送る。気にいってくれるといいがね。 |
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原文 | |||||||
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私のお気に入りの手紙です。なんだかすばらしい人生哲学を感じてしまいます。 おおくの人が魅せられ影響を受けた人物であったと聞いていますが、 その人の著書をもしまだご覧になっていない方がありますなら、 この手紙だけでも是非知っていただきたいのです。 そして天心の代表的な著書『茶の本』に 心を向けていただくことができれば・・・と。 次頁 天心『茶の本』について 和訳と訳注について |